Tおやじの日記帳~TakaWata’s diary~

主にPTA広報紙、その他の話題を書いてます!

年老いた母の入院

母が入院することになった。体の調子が悪いと検査を受けたら大腸に腫瘍ができていたらしい。悪性。

 

だがその部分を切り、繋げば大丈夫だそうだ。幸いにどこにも転移してないらしく、その手術さえすれば問題はないそうだ。

 

母は昭和9年生まれ。今年85歳になる。

 

ふと思い出した。昔、グレープという歌手がいた。さだまさしさんがもう一人の方と組んでいた。

 

そのグレープの歌に「無縁坂」という歌がある。年老いた母を思う歌だ。

 

母がまだ若い頃 僕の手をひいて

この坂を登る度 いつもため息をついた

ため息つけば それで済む 後ろだけは見ちゃだめと

笑ってた白い手は とてもやわらかだった

 

運がいいとか 悪いとか 人は時々口にするけど

そうゆうことって確かにあると あなたをみててそう思う

忍ぶ 不忍(しのばず)無縁坂 かみしめる様な ささやかな 僕の母の人生

 

いつかしら僕よりも 母は小さくなった

知らぬまに 白い手はとても小さくなった

母はすべてを暦に刻んで 流してきたんだろう

悲しさや苦しさはきっとあったはずなのに

 

運がいいとか 悪いとか 人は時々口にするけど

めぐる暦は季節の中で 漂いながら過ぎてゆく

忍ぶ 不忍無縁坂 かみしめる様な ささやかな 僕の母の人生

 

中学生の頃この曲を聞いて、とても感動したのを覚えている。いつか将来この曲を聞いた時、そう思う日が来るのだろうなと思った。

 

幼い頃から少年時代、今思えば母にどれだけ苦労をかけただろう。母の心配をよそにどれだけ自由にわがままに生きてきただろうか。

 

子どもの頃は親の小言や説教は煩わしかった。もっと大人扱いをしてくれよなんて生意気なことを言っていた。

 

だが自分が親の立場になると、どれだけ自分の子どもが大切か身にしみてわかるようになる。例えば子どもが転んでケガをするとまるで自分がケガをしたように感じる。

 

それだけ自分の子どもは宝物なのだ。どんなに生意気なことを言おうが、何にも代えられない宝物。

 

自分がこのことに気付き始めた頃、自分の母はかなり年老いてしまった。

 

その母が入院して手術する。居ても立っても居られない気持ちだ。

 

この年まで何か親孝行が出来ただろうか。いつも迷惑をかけっぱなしだ。

 

とりあえず手術の日は仕事を休んで病院へ行き、母を見守ってあげたい。

 

私はすでに父を亡くしている。唯一の親の母にはまだまだ長生きしてもらいたい。