Tおやじの日記帳~TakaWata’s diary~

主にPTA広報紙、その他の話題を書いてます!

PTA広報紙を楽しんで作ろう 1(2011年 東日本大震災が転機となる)

私のPTA広報紙作成のはじまり

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私が作成したPTA広報紙。

自己紹介

まずは自己紹介。2018年8月現在、40代後半の印刷会社に勤めるおじさんです。妻と高校生の息子と中学生の娘の4人家族です。

 

10年前まではMacを使ってDTP(パソコンでデータを作成し、印刷物を作成すること)部門にいました。ところが会社の事情により印刷部門に異動。

 

DTP部門にいたとはいっても、スゴイ作品を作っていたわけではなく、ごくフツーのチラシやポスター、自治体広報紙、PTA広報紙などを作っていました。

 

PTA広報紙は、会社の周辺の小中学校や高校のものを作っていましたが、どこの学校もだいたい同じ。A3二つ折りでA4サイズの4ページ構成です。内容も学校行事について子どもたちに作文を書かせたり、校長やPTA会長のあいさつがあってところどころに写真を入れる。保護者は自分の子どもの写真や作文があれば喜ぶとは思いますが、決して自分から見て面白い内容ではありませんでした。

 

営業が学校に赴き、担当の先生からこのページはこれ、ここはこの写真、などの説明を聞いて持ち帰り、私はその通り作る。先生だって基本的に前年度の内容と同じものを準備する。そういう訳で毎年ワンパターンの広報紙が出来る。そういうものだと思ってました。

 

自治体の広報紙に驚き

10年前に印刷に回った訳ですが、その頃に地元自治体の広報紙を作成する方(Sさん)が代わり、何とも画期的な広報紙を印刷することになりました。とにかく当時としては斬新なデザインに驚きました。カラーページにおいては人物の写真を効果的に配置し、風景写真を1ページ丸々使ったりとまさに斬新の一言。衝撃を受けました。(Sさんの広報紙は、その後県自治体広報紙コンクールで最高賞を獲得)

 

役所の職員がこれを作ったの?いやー相当勉強したんだろーなー。スゲー!DTPを10年以上やってきた私は、今まで何をやってきたんだろう!

 

それからも役所のSさんの作る広報紙を毎月印刷しながら、私もこういう作品を作ってみたいな、と思っていましたが、今は印刷部門に籍をおく自分。はかない夢でした。

 

キッカケ、いやチャンス

そこでチャンスが訪れました。息子が小学校に入学し、PTA広報委員会の役員となりました。これは私がPTA広報紙作成に深く関わることになったことでした。

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学習発表会。全校生による合唱。

その小学校は、児童数も少なく、当然保護者も少ない学校なので、保護者は毎年必ず5つある専門委員会の役員を務めることになっています。他の学校は子どもが6年間通う間に、2年役員をやればいいとか聞いていましたが、PTA会員が少ないので仕方がないというのが暗黙のルールでした。

 

私の家は妻が自宅で美容院を経営していて、とにかく仕事の時間が不規則です。子どもの食事などは仕事の合間にきちんとやってくれますが、夜遅い時間に客とかがいる場合があるので、学校関係の用事は私が引き受けました。PTAの集まりはたいてい夜ですし、行けない時は行かなくてもいいかなと思ってました。

 

迷わずに広報委員会へ

さてどこの委員会に入るか?ウチの学校は教養、厚生、広報、環境、校外指導の5つの委員会がありますが、仕事柄、広報委員会に決定。少しはお役に立てるかな?

 

以上がPTA広報紙に私が深く関わることになった理由です。あれから7年。息子も中学を卒業し今は高校生。娘も中学生になりました。7年の間にいろいろな経験を積みました。DTPの経験があるから良いPTA広報紙を作れると思ったら、これは大間違い!すごく深い世界です。

 

毎年全国小中学校PTA広報紙コンクールというものがあります。平成29年度、中学校の部にて初入賞を達成しました。(最高賞の賞です!)30年度は3位の賞を受賞できました。

 

7年間の広報紙作成(息子の高校、娘の中学校でまだ頑張っています)にはさまざまな思い出があります。自分が作った懐かしい広報紙を見ると、不思議と当時のことが鮮明によみがえります。現在に至るまでの広報紙作成の楽しさや苦労話をちょくちょくアップしていこうと思います。

 

たかがPTA広報紙、されどPTA広報紙

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学校行事の持久走大会のようす。

 

PTA広報紙。PTA広報委員会が作成し、学校から配布される印刷物。

 

かなりデザインが凝ってるものもあれば、字だらけ、依頼原稿だけのものまで千差万別です。

 

保護者や先生方から集める貴重なPTA会費から作られるPTA広報紙。おそらくPTA予算の中でも大きなウエイトを占めていると思います。

たいてい1度読めばどこかに置いたまま無くなっていく。でも子どもの記事が載っていたり、大事な情報も載っている。子どもがお世話になっているうちは貴重な情報源です。

 

そして「出来れば役員はやりたくない」とか「広報委員は一番大変!」と思いの方は多いですよね。でも役員になったものは仕方がない、ならば楽しんでいい物を作ってみよう!と見方、考え方を変えてみると充実した役員ライフを送れるかもしれませんよ?

 

いざ、広報委員1年目!

さて、1年目の6月頃、第1号の校正作業を行うと学校からお便りが来ました。え?いつ作ってたの?と思いながら学校へ出向きました。見てみるといやいやヒドイ(失礼!)ものでした。

 

出来上がった広報紙は、「一太郎」で作成した4ページ構成でした。タイトルがあって、いきなり運動会の子どもの作文から始まり、最後まで作文。いやこれではあまりにもつまらない広報紙では?と思いましたが、そこは1年生役員。余計なことは言わない!

 

作成するのは担当の先生。保護者の仕事は文字の校正作業のみ。これで広報委員会が成り立ってることにかなりの違和感でした。そして使ってるソフトは一太郎。一太郎って互換性も悪いし使いづらいです。

(当時の広報紙が手元に残っていません。もし見つかったらアップします。)

 

私も会社で広報紙も作っていましたが、決して威張れるほどのものは作っていませんでしたが、やはり素人さんだけで作るとこうなるんだな、という作品でした。

 

最初の1年はまじめに出席してましたが、ある程度の作る楽しさを期待していただけにガッカリ感が積もるだけ。そこからしばらくは欠席が続きました。

 

しかし転機が訪れました。息子が3年生の終わり頃、次年度の広報副委員長を依頼されました。そして忘れもしない2011年3月11日、あの大災害が起きてしまったのです。紹介が遅れましたが、私の住所は福島県福島市。当時は学校も臨時休校となり大混乱でした。

 

続きは次回!